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岡山出身でウイーン在住の造形作家・梶浦徳雄氏による電子メール通信。ゲージュツ家の日々って…。
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梶浦徳雄氏プロフィル
1951年岡山県都窪郡妹尾町(現岡山市妹尾)に生まれる。妹尾小、岡大附中、朝日高、東京芸大、同大学院に学ぶ。1981〜82年にはウイーン国立美術大学(オーストリア)に留学。一時帰国の後、1986年、再びオーストリアに渡りウイーン市に滞在、美術作家として制作を続け現在に至る。オーストリア国内各地、ドイツ、スイス、イタリア、リヒテンシュタインなどヨーロッパ各地やカナダ、日本でも多数の個展、グループ展及びアートフェアの実施、参加により作品の発表を行っている。
 
 世の中もすっかり春の装いになってきましてネー。今日ナンかまるで初夏。冬の重苦しい風景、マ、これがコッチの冬らしいンですけど、から色とりどりの軽やかさが広がる街、風情になっていますヨ。ヤローの方はワタシ的には特にドーッて事ないンですけど、女性はナンとなくイキイキと輝いて見えますネー。マ、ワタシ的にはですけど。取り敢えず、ファッションが開放的になってるのは確かでしょう。

 この国の人達、全体ではゲルマン系とやらが主体になるンでしょうけど、ここウイーンの街はチョット事情が違ってるようでネ。その昔やたら広い領土、神聖ローマ帝国とかオーストリア・ハンガリー帝国とか、ナンか持ってたモンで、デ、ココがその首都とやらをやってたモンで、周辺のイロンナ民族の方々が一旗揚げようとか、花の都はドンナンだべとか、散歩してて迷い込んだとか、中には無理矢理連れ込まれた人もいるかも知れない。マ、とにかくいろんな民族がやって来ましてネ。当然住みつく人も数知れずですヨ。スラブ人、アラブ人、ケルト人、ウルトラ一家等々・・・そこでイロンナ人間関係が生まれたでしょう。イロンナ愛も芽生えたでしょう。デ、子孫繁栄のために入り乱れもしたでしょう。デ、結果多民族の特性を兼ね備えた人々がこの街多くなったンですよネ。ト、言う話ですけど・・・

 今や東洋人も結構いましてネ。韓国、中国、フィリピン・・・勿論日本人も。デ、東洋と西洋の融合もそこに生まれるわけですヨ。日本人男性とコッチ人女性の場合もソリャ、マ、当然ありますけど、ヤッパコッチ人男性と日本女性の組み合わせの方が圧倒的に多いようで。ムチャンコかっこいいコッチヤローと、エッ、ナンデ?(失礼)というカップルも多々見かけますネー。日本の女性はコッチヤローに結構「モテル」ンですよネー。マ、幾らか例外もありますけど(またまた失礼)。デ、何故モテルのかを考えてみましょう。

 まず、ヤッパ気持ちが優しい、というか柔らかい。日本民族、相手のことを気遣う習慣てヤツがありますからネー、多分。こっちの人、常に「私は・・」とか「私が・・」てのが前面にでてきましてネ。理解しやすい面もあるンですけど、ぶつかるとお互いひかない。私的にはチョット疲れます。日本女性で相当気が強いと思われる方でもコッチじゃ、マ、平均ぐらいかナと。

 デ、小さくてカワイイ。これも重要な要素。日本女性、華奢な人が多いですからネ。日本じゃかなりでかい、縦の場合と横の場合がありますけど、と見えててもコッチじゃ普通かそれ以下。一部例外が身近にいることはいるンですけど。

 デ、その内容。「鼻が低い!」「足が短い!」コレとっても大切な要素。すごくチャーミングに見えるらしいンですよネ、コッチ人には。私も好きですけどネ。そういえばコッチ女性、男性もですけどネ、の鼻。やたら高いというかでかい! 鼻の穴ナンか親指が中でスキップ出来そう。空気の大量摂取にはむいているかも。足もアンだけ長きゃ、愛嬌がナイ。時々非常にアンバランスに短い人がいる。デ、隣に日本人が並ぶと同じぐらい。それぞれに体型のバランスがあるのだと目から鱗。マ、以上に該当する方、大いなる可能性がココにはありますヨ。

 街でのスナップ、何枚か載っけておきますのでご自身と・・・ネ、日本女性がモテル訳が分かるでしょう?