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岡山出身でウイーン在住の造形作家・梶浦徳雄氏による電子メール通信。ゲージュツ家の日々って…。
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梶浦徳雄氏プロフィル
1951年岡山県都窪郡妹尾町(現岡山市妹尾)に生まれる。妹尾小、岡大附中、朝日高、東京芸大、同大学院に学ぶ。1981〜82年にはウイーン国立美術大学(オーストリア)に留学。一時帰国の後、1986年、再びオーストリアに渡りウイーン市に滞在、美術作家として制作を続け現在に至る。オーストリア国内各地、ドイツ、スイス、イタリア、リヒテンシュタインなどヨーロッパ各地やカナダ、日本でも多数の個展、グループ展及びアートフェアの実施、参加により作品の発表を行っている。
 

 
 イヤー、アッという間に年が明けてしまいまして。分かりました?皆さん、2003年てヤツがやって来たらしいンですけど。マ、取り敢えず、新春のお喜びを申し上げまして、また今年もどうかヨロシク、出来ましたら御贔屓にということで。マ、至って簡単ではございますが、ご挨拶ということで。

 しかしコノ数日チョット疲れましたネ。特に忙しかったトいう訳じゃありませんでしたけど、睡眠時間がチト変速になりまして、デ、トッショリ、私ですけど、は対応能力が減退してますンで。

 デ、31日、大晦日ですけど、ナカナカ面白かったですヨ。急にチェコとの国境まで行くことになりましてネ。ご旅行でいらっしゃった方のパスポートがあちらに入国するときにチト問題になるかも、トいうことで、ナンかあったらお前ナンとかせい、ト。何が出来るのか分かりませんでしたけど、取り敢えず行ったンですヨ。

 ウイーンを観光のバスで出発した時、8時でしたけど、は気温が11度以上、その前の2〜3日は14〜5度のふざけた暖かさでしたけどネ、あったンですネ。途中ドライブインでちとトイレ休憩。ン?!?寒い?デ、西に進むに従って寒くなってきましてネ。3時間半後、国境に着いたときは震える状態。どうも0度ぐらいになってそう 。

 デ、肝心のパスポート検査、マ、これはあっさり解決しましてネ。勿論オーストリア出国はナンの問題もないンでして、次はチェコへの入国。バスの運転手は国境係官の所に。デ、お客はバスの中で待機。ト、係官がやって来ましてネ、緊張の一時。デ、私、係官と一言二言。世間話ナンかも交えましてネ、適当に柔らかな雰囲気を作るのが一番なんですヨ、こういう時。デ、「ジャイイヤ」て感じでパスポートを見ることもなくアッサリOKト。係官がイイ人で良かったですネー。全員、特に私と添乗員、ホッ。

 デ、お客の皆さんは免税手続き、両替を済ませまして目的地へ向かうわけナンですけど一つ問題が。私ですけど、どうやって帰ろう???、ト。一応近く、チェコ側ですけど、に列車の駅があるらしいのは調べたンですヨ。時刻表にも乗ってる。ガ、私の持ってる地図には載ってナイ。デ、国境の係官に聞いてみる。「チカクニレッシャノエキガアルラシインデスケドドコデスカ?」「ナンダソリャ、シラナイヨ」てな感じでして、誰も知らない。「コウイウナマエナンデスケド」「ソレナラコノチカクノマチダヨ。1kmカ2kmダヨ。アッチャイッテコッチャマガッテドッカニイケ、ト」「アルイテイケマスカ?」「エッ、アルクノ?ソリャヤメトケ」というわけでウイーンから乗ってきたバスにチョイト寄り道をしていただこう、ト。

 デ、無事国境を通過しまして、まず最寄りの駅に、ト。運転手が道路地図を確認しましてさあ出発。雪が降り始めましてナカナカ冬のイイ感じ・・・n?ナンか変。運転手は標識を探してキョロキョロ。地図を確認。バスはひたすら真っ直ぐに。「オイ、オマエ。バショハワカッテンダロウナ」「オレノチズニハソノエキノッテナインダ」・・ト。だったらナンで地図を見る。こいつ分からず走ってやがッたンですヨ。道が狭くてUターンも出来ずにひたすら真っ直ぐ。ト、線路に行き当たりまして、見ると駅が。名前は・・・4つ先の駅じゃネーか。発車時間はもう過ぎてる。次は2時間後。チョットだけ目眩が。マ、そこで待つッきゃないンで、皆さんさよなら、ト笑顔で。

 余談ですけど「出国」と「入国」。時々「シュツゴク」「ニュウゴク」と仰る方がいるンですけど全く意味が違ってきますンですよネ。皆様もご注意ヲ・・・

 デ、つづく・・です。まだ31日、大晦日です。